能登半島地震を受けて

2024年元日16時10分に能登半島地震が発生して1か月になります。

お亡くなりになられた方々にお悔やみ申し上げますとともに、被災された皆様にお見舞い申し上げます。

今後の見通しを持つ段階になく、津波も発生し地震による隆起や半島特有の地形を理由に初動の対応が遅れたことは、大変残念です。避難所での生活もこれまでと大きくかわらない方法に、まだまだ政治の変わりが弱いと感じます。

また、志賀原発は幸い3・11の事故を受けた対応中で運転していませんでしたが、使用済みの核燃料が燃料プールに大量に保管せれていました。電源設備にトラブルが相次ぎ、発表される情報が訂正されました。避難経路となる道路は寸断されモニタリングポストのデータが得られないなど、あらためて、地震が多発する日本で、原発を運転することはできないことがわかりました。政府は、2023年5月に既存の原発の運転期間を延長するGX推進法を施行しましたが、再エネ・省エネに舵を切るべきです。

震源地により近い珠洲市では、原発の建設計画かありました。1975年市議会全員協議会での誘致に始まり、2003年関西電力が計画の凍結を申し入れるまで、実に28年間の粘り強い運動がありました。運動することの大切さを痛感します。

珠洲原発反対運動の歴史(簡略版) | 珠洲たのしい授業の会 (suzutano.com)